私たちの生きている社会は生きづらさと生きにくさが混在し、他者や世間など周りの❝右習え❞の風潮に、地域のつながりの薄さや人間関係の淡白さからくる孤立感など、数多(あまた)の気掛かりがそこかしこに見られています。そして、その矛先の行き場も手付かずのまま棚上げの体となっています。
私たちには、資格も活動の支えとなる元手(もとで)もありません。その上、当座はさまざまな福祉制度を活用することなく、基礎体力もないままに活動していきます。何もかも”ないないづくし”ですが、ここは「ハチドリのひとしずく」の教えを旨として、持ち合わせの熱量をかき集めて、何かと日々の目当て(愉しみ)を見出していくことにしています。
「ハチドリのひとしずく」の教え
森が火事になった時のこと。一滴ずつ水を運ぶハチドリに対して、森から逃げた動物たちは「そんなことをして何になる」と問い、ハチドリは「私に出来ることをしているだけ」と答えた。 これは、小さな力の大切さを教えてくれる、南米アンデス地方の古くて新しくて、そしてとってもいい話

